四季を愛おしむ人でした。
二人で東北で旅をしている最中に大雪が積もり、あの人の猫っ毛に無数の白い粒がまとわりついている様が、煌びやかに装飾されたクリスマスツリーを連想させ、あまりにも可愛らしかったのを覚えています。
何度足を振り回せども、歩くたびに雪に足を取られブツブツと不満を口にするあの人から察するに、私の短気な性格は彼譲りなのだろうなと、少し嬉しくなったりしました。
私は、あなたの吐く白い息と、どこまでも歩けそうな気がしたのです。
初夏です。梅雨入りもして、鉄クズを地面を叩きつけたような音のせいで気が滅入ります。
夏になると、あの時と同じように顔を紫色して夢に出てきますね。
人間の死の色を初めて知りました。あの光景は一生忘れないでしょう。
でも、不思議と怖くなかったのです。
元々、死という概念はあの人が教えてくれたものでした。
自然を、学問を、文化を、生き方を教えてもらいました。
思えば、「先生」としてあの人を慕っていたのかもしれません。
他人から見れば少し変で、冷たい人だったかもしれないけれど、私にとっては十分すぎるほど、その役割を果たしてくれたように思います。
「先生」は、夏のような人でした。
手が暖かくて、ずっと肌が焼けてたからか、そういう印象が強かったのです。
最初は、山でカブトムシの捕まえ方を教えてくれて、奮闘の末に1匹、網に潜らせることが出来たのですが…
「あっ」
しかし、私の不注意で、虫籠へ入れる際に踏み潰して殺してしまったのです。
あの人は慌てることなく、そして躊躇もなく潰れたカブトムシを拾い上げて、柔らかい土壌を探しては堀り、カブトムシの遺体をその穴に忍ばせて土をかぶて、手を合わせました。
「死んだらこうするんやで。」
随分遠くの記憶なのに、妙に覚えています。
きっと、私が生まれて初めて感じた「言葉の重み」だったのでしょう。
死という概念を噛み砕いて飲み込むには幼すぎた私でさえ、その所作、その言葉の重要さというのは、何故か漠然と理解できたのです。
今であれば上手く言語化できるであろう事も、幼い私には伝えづらい不穏な感情のザラつきがあって、記憶を辿る度にあの山の土の感触を彷彿とさせます。
「死」という概念に考えたりする度に記憶同士がぶつかり合って、何度も反芻します。
「今日はセミがしっこしよるな。カブトムシ、まだまだようけおるで」
「なんでそんなんわかんの。」
「セミは木の水吸うてるからしっこすんねや。木の水がようけあるってことや。」
結局、その日はヒラタクワガタとミヤマカミキリ、ハナムグリ捕まえることが出来ました。
手を繋いで下山していましたが、気温のせいか、あの人の体温が指先まで熱くて、思わず手を離してしまいました。
「なんで死んだら埋めんの」
「なんで言われても知らへんわ。人間そうしたくなるもんやねん。」
当時の私は、意味わからん。と一蹴しましたが、今ならそれが、あの人の弔いの心なのだとわかります。
ですが、弔いという心は、故人または動物に対して慈しむ気持ちがあったからこそ生まれるものであると私は思うのに、あの人はなぜあのカブトムシを弔ったのか未だに不可解なままなのです。
毎年、夏になるとあの人を思い出してばかりですが、成長するにつれて記憶は薄れていく一方なのに、悲哀の気持ちが強くなります。
最近そちらはどうですか。
暑い日はありますか。
相変わらず女性と酒に溺れ、遊ぶ毎日でしょうか。
21歳になりました。
今年度で22歳になります。
あの私も、少しだけですが、お酒が飲めます。煙草なんかも吸っちゃって。無事、若い頃のあなたと同じように「パンクス」になり、周囲からは煙たがられる一方ですが、大人のような話が出来るようにもなりました。
毎年6月の第三日曜日は、あの人のためにギターを弾いてうたを歌います。
私なりの弔いであり、あの人への、感謝の意です。日本には、年に一度、そういう行事があるのでしょう?
今年は、あなたが最初に教えてくれたバンドを、あなたが大好きなロックを、あなたにとっても似合う曲を。