NICCO! ねお

チーズナン食いてえ

エキゾチカ

慈しみ合って、憎み合って、愛し合いたい。

 

約束していた墓参りには行かなかった。

タバコ二箱分の値段の、高級食パンの芳醇な香りをわざとらしく嗅ぎながら、お湯が沸くのを待っていた。

 

笑わないで聞いてほしいの。

夢であなたと一つになったの。

元は、私とあなたは二つだった。

二人で内緒話をしながら、洗濯機に入っていたら、誰かにボタンを押されちゃった。

そうしたら、駄菓子屋でした万引きや、人生の懺悔や反省する暇もなく、私たちはぐちゃぐちゃになったの。

血も肉も皮膚も、ピンクのドロドロになって、余す所なく溶けていって、混ざり合った。

でも、意識はあったのよ。私は私、あなたはあなたっていうね。

でも、回転が増えていくたびに、境界線がわかんなくなっちゃった。あなたとわたしは完全に混ざって、もう戻すことはできなかった。

湯船の中でおしっこするような感覚でね、あなたかわたしかわからなくなるのがすっごく気持ちよくて。あったかくて、気持ち悪くて。トロトロになって。

そんな夢でした。

 

私たちは何かを変える力は持っていなかったね。

私の世界はなんてちっぽけなんだろか。

 

私とあなたの間にある、空気と呼ぶには密度の低い塊になんと名前をつけましょうか。

 

もう少し大人になるまで、しばしサヨナラ。

 

くだらな

君をくだらなかったと感じるまで、そんなに時間はかからなかった。

 

「きみの予想通りなんかに生きない」

あなたはわたしに吐き捨てた

でもね、残念だけど、その言葉も予想通りなんだよ

 

イタズラ好きの神様に気に入られてるみたいだね。

そんな神様に愛された君の居心地はどうだった?

 

約束をしないという約束をした日のことを覚えていますか。

わたしのことを思い出しますか。

 

それとも、くだらないことで笑って、だらだらと若さを消費していますか。

 

あなたはくだらなかった。

あなたは軽かった。

あなたは小さかった。

それと同時に

あなたは許してくれた。

あなたは笑ってくれた。

あなたは、素敵だった

 

ただ、それだけの話。

 

まだわたしが怖いですか。

まだわたしを嫌いますか。

まだわたしを妬んでいますか。

 

あなたがわたしなしで幸せになりませんように。

ムシムシ

四季を愛おしむ人でした。

二人で東北で旅をしている最中に大雪が積もり、あの人の猫っ毛に無数の白い粒がまとわりついている様が、煌びやかに装飾されたクリスマスツリーを連想させ、あまりにも可愛らしかったのを覚えています。

何度足を振り回せども、歩くたびに雪に足を取られブツブツと不満を口にするあの人から察するに、私の短気な性格は彼譲りなのだろうなと、少し嬉しくなったりしました。

私は、あなたの吐く白い息と、どこまでも歩けそうな気がしたのです。


初夏です。梅雨入りもして、鉄クズを地面を叩きつけたような音のせいで気が滅入ります。

夏になると、あの時と同じように顔を紫色して夢に出てきますね。
人間の死の色を初めて知りました。あの光景は一生忘れないでしょう。
でも、不思議と怖くなかったのです。


元々、死という概念はあの人が教えてくれたものでした。

自然を、学問を、文化を、生き方を教えてもらいました。
思えば、「先生」としてあの人を慕っていたのかもしれません。

他人から見れば少し変で、冷たい人だったかもしれないけれど、私にとっては十分すぎるほど、その役割を果たしてくれたように思います。

「先生」は、夏のような人でした。
手が暖かくて、ずっと肌が焼けてたからか、そういう印象が強かったのです。

最初は、山でカブトムシの捕まえ方を教えてくれて、奮闘の末に1匹、網に潜らせることが出来たのですが…

「あっ」

しかし、私の不注意で、虫籠へ入れる際に踏み潰して殺してしまったのです。

あの人は慌てることなく、そして躊躇もなく潰れたカブトムシを拾い上げて、柔らかい土壌を探しては堀り、カブトムシの遺体をその穴に忍ばせて土をかぶて、手を合わせました。

「死んだらこうするんやで。」

随分遠くの記憶なのに、妙に覚えています。
きっと、私が生まれて初めて感じた「言葉の重み」だったのでしょう。
死という概念を噛み砕いて飲み込むには幼すぎた私でさえ、その所作、その言葉の重要さというのは、何故か漠然と理解できたのです。

今であれば上手く言語化できるであろう事も、幼い私には伝えづらい不穏な感情のザラつきがあって、記憶を辿る度にあの山の土の感触を彷彿とさせます。
「死」という概念に考えたりする度に記憶同士がぶつかり合って、何度も反芻します。



「今日はセミがしっこしよるな。カブトムシ、まだまだようけおるで」

「なんでそんなんわかんの。」

「セミは木の水吸うてるからしっこすんねや。木の水がようけあるってことや。」

結局、その日はヒラタクワガタとミヤマカミキリ、ハナムグリ捕まえることが出来ました。
手を繋いで下山していましたが、気温のせいか、あの人の体温が指先まで熱くて、思わず手を離してしまいました。


「なんで死んだら埋めんの」
「なんで言われても知らへんわ。人間そうしたくなるもんやねん。」

当時の私は、意味わからん。と一蹴しましたが、今ならそれが、あの人の弔いの心なのだとわかります。
ですが、弔いという心は、故人または動物に対して慈しむ気持ちがあったからこそ生まれるものであると私は思うのに、あの人はなぜあのカブトムシを弔ったのか未だに不可解なままなのです。



毎年、夏になるとあの人を思い出してばかりですが、成長するにつれて記憶は薄れていく一方なのに、悲哀の気持ちが強くなります。

最近そちらはどうですか。
暑い日はありますか。
相変わらず女性と酒に溺れ、遊ぶ毎日でしょうか。

21歳になりました。
今年度で22歳になります。
あの私も、少しだけですが、お酒が飲めます。煙草なんかも吸っちゃって。無事、若い頃のあなたと同じように「パンクス」になり、周囲からは煙たがられる一方ですが、大人のような話が出来るようにもなりました。



毎年6月の第三日曜日は、あの人のためにギターを弾いてうたを歌います。
私なりの弔いであり、あの人への、感謝の意です。日本には、年に一度、そういう行事があるのでしょう?
今年は、あなたが最初に教えてくれたバンドを、あなたが大好きなロックを、あなたにとっても似合う曲を。

Wonderwall

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  • オアシス
  • ロック
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  • provided courtesy of iTunes

☝︎

アダムとイブは楽園を追放された。
長く続くと思っていたパーティも、終わってしまえば使い捨ての記憶にしかならない。

胸に刺した棘を抜こうとして引っ張るたびに返しが引っかかって傷が膿む。
私に足りないのは果実なのかもしれない。
はたまたは、知恵なのかも。

私を天使に例えた君は間違ってたんだ。
いなくなる保険をかけたくてそう言ったんでしょう?これは映画じゃないよ。でも、もしそうだったならどれだけ楽だっただろう。

だから今日も愚かな生き方を好んでそうしていく。
映画の憎たらしい悪役みたいに。好きなことをして、思ったことを言って、人を批判する。

やがては、主役の人間たちに成敗されて、自分の間違いに気付けば私の役目は終わるのでしょう。


この地球は楽園だ。
私にとってのエデンの園
想像しうる事ばかり起きて、苦しみがないから楽しみもない。

禁断の果実とは名ばかりの、暗黙の了解のカードを切ってしまえばよろしいんですね。

04-0339へ 私だけの基地より愛をこめて

気が付けばこの星にいた。

約21年間、知らない大地を歩き続けた。
街を、学校を、社会を泳いだ。たくさんの人々と交信した。私の世界を回した。

それでも、自分が他の星から来た異星人ではないのかという疑問と違和感が消えることは無かった。


応答セヨ、応答セヨ。
なにかのアニメで見て聞いた、仲間へのサイン。

私の脳波がノイズ混じりに受信モードへ入ったのだ。

どうやら近くに仲間がいたみたいだ。


私たち、人間じゃなければよかったのにね。

男と女だから。産まれた年が違うから。
あなたとの間違いを全部、それらのせいにしてしまえるくらい、私たちは心で繋がれたはず。

私は幸せになりすぎず、かといって不幸にもならず、精巧に作られすぎた間違いを受け入れて生きていこうと思います。

間違いがあるからこそ、私が今もこうして筆を取ることが出来たのですから。

また、次の惑星で逢いましょう

その時は、この惑星で出会った日の答え合わせをしてみませんか。

それまで、どうかお元気で。

窓を開けてね

2024/3月30日

体と心が追いつかない。
毎日蕎麦のように伸ばされ、蕎麦のように切られ、蕎麦のように茹でられ、蕎麦のように食われる。ぐちゃっとした暑さに似合わない私の愛らしさは、賞味期限があるのだろうか。
堕落というものに身を預け、一切の抵抗はしない。
人を不幸にするし、反省もしない。
汚泥を啜り、飲み込み、吐き出すルーティンを繰り返して、20歳の夢と脳を壊し続けている。


2024/5月3日

自分が汚くなっていく度に、母親と話すルールを作りました。

若い頃の母親と話す、という妄想をしてみる時があります。

細くてまっすぐな頼りない、蜜柑みたいな金色の長い髪を太陽に照らし、
どこか温かみを含ませた切長の瞳でこちらを見つめる。
母の若い頃の容姿は、つくづく私は父親に似ているんだと実感させてくれる、唯一の綻びなのです。


想像の中の私と母は、決して心を開き合いません。

私が突然隣に据わり、『あなたの娘です』と言うと、『あっそ』と一瞥して、途方を見つめ直すのです。
しかしそれは、投げ捨てて出た一言では無いのです。かといって、深い言葉という訳でも無いのですよ。


2024/11月6日

死が近いなと実感する。かなり直感的だが、確実性が何故かある。死因は謎。
夢の中の私はかなり悲観的だから、部屋に物が無い。
先日は軽い走馬灯を見ました。
スキップしながらドーナツ屋さんの箱を持つ私と、それを見守る父親。動物園帰りの日でした。

全身の力がふっと抜けて、床のフローリングと重なって、耳から、手から、腹から、足へと、順にひとつになっていき、粘着性の汁のようなものが広がって、やがて私はそこから抜け出せなくなる。
この頃は息がしにくい。呼吸が下手んなってるのか、器官がおかしいのかは知らない。いやでも、そんなことはどうでもよくて、いい走馬灯を見れたなってとこで嬉しく思う。
もし本当に死が確定した時、私の人生を歩んでくれたの、私でよかったなって思えたら、それが一番の幸せだから、病気なんかで死なずに、これからの未来に期待してみたい。


2024.11/20
私は虫になれないことが判明した。理由は明確、人間だからだよ。人間の価値観でしかないものにずっと雁字搦めにされて生きてきたなってふと思った。そしたら人生がめちゃくちゃ面白くなった。
ずっと虫になれると思ってた。虫になれたらどれだけ簡単で退屈になれるだろうって。
でも、そう考えれるから人間なんだよな。ただ、眠る前は、考えることを放棄して、人間をやめて虫になることも、大事。